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森田忠明事務所

Author:森田忠明事務所
「玉鉾書院」(志士遺文・和漢古典等の学舎)を運営。機関誌「季刊ゐしんぴあ」発行。また「日本歌壇」(定例歌会毎月開催、会報「日本歌壇」)、「國民行動」(在野有志活動網 機関誌「國民行動」 、國風講座(國民行動主催)、「玉鉾奉仕団」(皇居勤労奉仕団体)、「大詔奉戴祭」「天長節を祝ふ会」の事務局担任。nippon@plum.plala.or.jp  http://ishinpeer.jp(準備中)
(写真=北岳より望見する富士)

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獨酌舒嘯

森田忠明事務所 【社稷廓清 草莽崛起】

■ 「譲位」問題の核心(上)

           
    
「譲位」問題の核心(上)  
 
             

 まさに青天の霹靂、七月十三日のNHKニュースを皮切りに、今上陛下の「生前退位(=譲位)の御意向」との報道が国内外に飛び交つた。国史に照らしても、「生前退位」なぞとは耳慣れぬ言ひまはしといふほかなかつた。
 元来、「御公務の軽減」「陛下の御意向」なる表現に接する都度、そのおほかたを、君側の「官」どもの燥き切つた心の発露たる小胆翼翼の忖度、あるいは、おのれ等の責めを棚に上げた官僚特有の逃げ口上、さらには、含むところに沿ひつつ為に発する執拗きはまる謀、かう看做すを常としてきた。国柄、とりわけ宮中祭祀の大切さを思ふにつけても、たんに「御高齢」や「御健康上」「御負担」の世俗的な理由づけでは済まし得ぬ事態の由由しき進行を仄聞するからだ。
 現行皇室典範によれば、御譲位は叶はない。新典範の成案過程で、政府はこれまで幾十度となくあつた退位を認めぬ理由を挙げてゐた。
 「退位の自由を認めると、それに対応して天皇に就任しない自由も認めねばならない」
 「かつての上皇、法皇的存在の弊害を招く」
 「必ずしも天皇の自由意思に基づかない退位が強制されることもありうる」
 昭和天皇は戦争の道義的責任を痛感して「退位」を洩らされたが、実現はしてゐないこと眼前の通りである。今上陛下は、典範の精神をとくとく御承知のうへで、はたして御譲位を仰せいだされたものなのか、どうか。
 史上、最後の御譲位は文化十四年(一八一七)、皇位が仁孝天皇に引き継がれた光格天皇(その二十六年後に崩御)のときである。仁孝、孝明の両天皇を経て明治の御代に至つた二十二年、大日本帝国憲法が欽定せられた。
 第一章天皇第二条、
  皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
 同時に制定されて憲法と並立する皇室典範は、その第二章践祚即位第十条にいふ、
  天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク
 ついで戦後、GHQの監視下、昭和二十二年施行の現行典範第一章皇位継承第四条では、
  天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。
 かう規定する。占領下といふ国家主権なき時代における皇位継承に関する典範さへも、明治のそれに則つてゐるのがわからう。一世一元の制度化は明治改元の詔に、「今より以後、旧制を革易し、一世一元、以て永式と為す」とあるによる。 (つづく)



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