HOME プロフィール

森田忠明事務所

Author:森田忠明事務所
「玉鉾書院」(志士遺文・和漢古典等の学舎)を運営。機関誌「季刊ゐしんぴあ」発行。また「日本歌壇」(定例歌会毎月開催、会報「日本歌壇」)、「國民行動」(在野有志活動網 機関誌「國民行動」 、國風講座(國民行動主催)、「玉鉾奉仕団」(皇居勤労奉仕団体)、「大詔奉戴祭」「天長節を祝ふ会」の事務局担任。nippon@plum.plala.or.jp  http://ishinpeer.jp(準備中)
(写真=北岳より望見する富士)

最新記事 最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ カテゴリ

獨酌舒嘯

森田忠明事務所 【社稷廓清 草莽崛起】
2017年04月の記事

《風簷詠懷》 落ちのびし


 [晨風夕影賦] 巴御前  
落ちのびしともゑなにぞも義盛に嫁して子を生む苛(いら)たざらめや
  
      
   
 

《風簷詠懷》 みづを掻く


 [晨風夕影賦] 相思  
みづを掻く鴨の骨折り絶えせねどあしたゆふべにつがふともしさ
  
      
   
 

《風簷詠懷》 險し世の


 [晨風夕影賦] 男女  
險し世のをとこをみなをほのぼのとなさしめぬ責めたれか負ふべき
  
      
   
 

《風簷詠懷》 ふみをよむ


 [晨風夕影賦] 文學  
ふみをよむひまなきこぼす僻(ひが)おぼえつひぞ要らざる所作そぎおとせ
  
      
   
 

《風簷詠懷》 ふみ開く


 [晨風夕影賦] 文學  
ふみ開くひまをと足掻く淺はかさいでやわがでに寸時つみ增せ
  
      
   
 

《風簷詠懷》 感動の


 [晨風夕影賦] 文學  
感動のなき者にまでぶんがくのほほゑみはあらじよはひ古(ふ)るとも
  
      
   
 

《風簷詠懷》 感動を


 [晨風夕影賦] 文學  
感動をせる者にのみぶんがくのあることわりをおもふ夜ごろぞ
  
      
   
 

■ 自助自彊の気概(下)

             
    自助自彊の気概(下)
  
         ── 改 稿 ──
 
           

急ぐべからず日露平和条約
 
 以下は、戦後の、どうしたわけか四島に限られた、日ソ(露)領土返還交渉史の梗概である。ゆゑにここでは、そのレベルにおける足跡に限定して俯瞰する。
 昭和三十一年(一九五六)の二島返還を取り決めた日ソ共同宣言のあと、日米安保改訂のためにソ連は解決交渉を打ち切り、領土問題は当初より存在せぬものだと豹変する。しかしその後、ここが肝腎なのだが、交渉過程がみるべき進展を伴つた事実を知らねばなるまい。
 ゴルバチョフ来日時、平成三年(一九九一)の日ソ共同声明は領土交渉史中、劃期的な内容を持つ。「四島の帰属問題」の存在に初めて言及したからだ。その二年後、細川・エリツィンの東京宣言第二項は一層踏み込む。
 ──両国関係における困難な過去の遺産は克服されなければならないとの認識を共有し、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題について真剣な交渉を行った。双方は、この問題を歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続し、もって両国間の関係を完全に正常化すべきことに合意する。(傍線引用者)
 日ソ共同宣言の二島返還に較べて段違ひの様相を呈してゐる。爾後、この東京宣言が交渉の土台となつた。
 次いで同九年(一九九七)の橋本・エリツィンによるクラスノヤルスク合意、翌年橋本・エリツィンの川奈合意、その翌年森・プーチン署名のイルクーツク声明等等で日本は淡い期待感に酔つた。だがロシアとしては、「国境線確定を先送りして平和友好協力条約を先に結ぶ」ことで強奪側の国益を守りたいのが本音。
 この点プーチンはしたたかもしたたか、同二十一年(二〇〇九)、樺太で麻生と会談したメドヴェージェフに、領土問題に関し「新たな、独創的で、型にはまらないアプローチ」を提案せしめ、麻生が乗る。昨年五月のソチにおける安部・プーチン会談でも、安倍は「新しいアプローチ」、すなはち平和条約をまづ締結し、のち二島返還で手を打たうとの疚しい合意にのめり込んだ。
 ロシアは、クリミア半島強行編入の結果、欧米の経済制裁が祟つて国力の顕著な低下を見せ始めてゐる。日本の経済技術支援は垂涎の的、安部また領土問題で手柄を立てたい誘惑に負けた。両者思惑が一致して旧臘、鳴物入りで開かれたのが日露首脳長州会談といふわけである。
 KGB出身のプーチンは、一昨年の国連総会で「ヤルタ合意こそ世界に平和をもたらした」と自信をもつて語つたやうに、かねがね北方領土について、「日本に渡しはしない」「領土問題は平和条約締結とは無関係」と息巻いてきた。あながち国内向け言辞とは思はれない。かれの腹は、利益をちらつかせて日本に協力を強ひ、その殊勝な心に免じて四島の総面積のうち七%を占める歯舞と色丹を褒美とし、一層犬馬の労を取らせるにあらう。
 支那に対してのみ「法と正義」を口癖とする安部には、無類の策略家プーチンの片棒を担いで政経不可分の原則を無視、まづ二島を返還せしめて残りを将来の課題とし、戦後多年来の悲願をその程度に解決しておのが業績中に盛らんとする邪念が透けてみえる。要するに、何あらう「売国の花道」にほかならぬ。いや、さういつては身も蓋もなからう。安部は本格的に豺狼に変身せんとする膨張支那への懸念から、その支那とロシアとの間に楔を打ち込むとの腹づもり、日露防衛協力も日程にのぼせてゐる。
 問屋が卸すか。素人考へは往往にして国を誤る。かやうな場合の常で視野狭窄、木を見て森を見ぬ慢心に陥るのが相場だ。
 北方領土へ寄せる先人の祈願を足蹴にしてロシアに親近すれば、面白がらぬ米国は当然支那に接近し、当の支那は日米分断成ると北叟笑む。安倍にとつては、抜け目なきロシアの去就は思案の外でしかない。ただでさへ一筋縄でゆかぬ国際場裡のどぎつい駆引きを知らな過ぎる。まして老獪なる米露中相手の外交交渉に希望的観測なんぞもつての外。芽出たい安倍の外交音痴を尻目に三強国の思惑のみで推移せんか、もはや悪夢に魘されるしかあるまい。
 昨年十一月、国家安全保障局長の谷内正太郎が訪露の砌、会談した安全保障会議書記パトルシェフに対し、二島返還時の「米軍基地設置」の可能性を否定しなかつたとの報しきりである。ために師走来日に際するプーチンの硬化と、例の二度に亙る故意の遅刻が取沙汰された。谷内は、かの対北朝鮮交渉で暗躍した田中均に似る個人プレーが目立ち、甚だ胡散臭い。当然、安倍の走狗として下支への役目を担ふが、就任以来の前科に照らしても慨歎すこぶる深い。
 安倍は何を信じて夢を振りまくのか。北方領土の共同開発も、平和条約の先行締結も禁物だ。経済協力三千億円なぞ以ての外、幾十年幾百年かからうとも、正義に立脚する原則論を楯に、全領土を取り戻すべく、小手先の策を排しつつしつこく取り組むがよい。むしろ目下、もつぱら押しも押されもせぬ自力を蓄積する秋とは知らないか。
 政府の北朝鮮向け常套文句たる「対話と圧力」、とうに耳に胼胝ができてゐる。圧力を経済面の制裁とばかり心得てゐるやうだが、その一定程度の有効性あるのは承知するにせよ、窮極の断は武力を措いてはない。むろんそれを構築し、断然使用をも決断しうる気概の把持ともどもワンセットになつてゐる。拉致被害者家族がしばしば行ふ訪米の意味は、武断の背景を具有する米国への期待からであつて、これすなはち祖国恃むに足らずとなす悲観論の産物以外のものではない。
 国際関係におけるパワー・ポリティクスの現象は、なまなましく生きてゐる。人類が存続する限り消滅することはないだらう。政治の一つの達成目標は、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため」に「我が国を防衛すること」(自衛隊法)にある。領土においても拉致事件においても、この任務の遂行は未だしだ。腑抜け政治による対話にも圧力にも、諸敵はせせら笑ふとも痛痒は感じない。まつたき武力の備へが急がれるゆゑんである。(森田忠明記)



■ 自助自彊の気概(上)

             
    自助自彊の気概(上)
  
         ── 改 稿 ──
 
            

ヤルタ密約の呪縛
 
 
北方領土問題がちかぢか解決し、いよいよ晴れて日露平和条約が締結される見通し──かく日本国民多くの手放しのよろこびやうは奇怪千万。この安部トリック、領土返還と称して酷な手を使つたものだ。
 わが国がソ連に掠め盗られたのは北千島と南千島(所謂固有四島)それに樺太の南半分であること、元来疑ふ余地はない。島島の歴史をざつと振り返つてみよう。
 幕府時代の安政元年(一八五五)、日露両国は下田条約によつて北千島の得撫島と択捉島のあひだを国境線と確定し、樺太はそれまでの仕来りどほり両国人混在の地として残された。ついで明治八年(一八七五)の樺太千島交換条約締結により北千島諸島を日本領、樺太を露領に。日露戦後のポーツマス条約では、その南半、北緯五十度以南を割譲せしめた。条約また歴とした国際法であつて、締約国の行動を拘束する。
 これを蹂躙したのがソ連の対日宣戦布告と全北方領土の占拠である。わが国が北千島と樺太南部を放棄したサンフランシスコ平和条約締結時、それらは、米英と約したヤルタ密約を口実にソ連に軍事占領されてをり、早期独立を熱願する敗戦日本としては抗ひ得ぬ立場にゐた。いまなほ帰属未確定であるのは地図上、白く塗られてゐることから察しられよう。
 北方四島を「固有」と称するのは安政条約を根拠とする。この固有四島のみの返還主張は、侵略ソ連の世紀の非道に目を塞ぐもの、ひいてその蛮行の暗黙裡の正当化に加担するものでしかないことを、この際知りおかねばなるまい。
 他国領土取扱ひの原則につき、米英ソがいかに虚偽の宣伝をしてきたかは、以下の文言にみて瞭然としよう。
 昭和十六年八月、ルーズベルトとチャーチルが調印した「大西洋憲章」は、彼らが戦後の世界構想を描いた八項目中、「合衆国と英国の領土拡大意図の否定」「領土変更における関係国の人民の意思の尊重」を実しやかに謳つた。
 米英支首脳が同十八年十二月に対日方針に絡んで発出した「カイロ宣言」にいはく、「三大同盟国」は、
 ──自国ノ為ニ何等ノ利得ヲモ欲求スルモノニ非ス又領土拡張ノ何等ノ念ヲモ有スルモノニ非ス。
 このやうに、表面的には正義面を演出しはしたものの、米英ソ三国外相による「モスクワ会談」(同十八年十月)において、米国務長官ハルがソ連外相モロトフに対し、千島列島・南樺太をソ連領とする見返りに対日参戦を求めたり、米英ソ首脳が集つた「テヘラン会談」(同十八年十一~十二月)では、スターリンが、ドイツ降伏後に対日参戦する見返りに「南樺太と千島の引渡し」をルーズベルトに望んだりしてゐる。ルーズベルトが断乎拒否したとの資料は見当らない。
 それもそのはず、ヤルタに米英ソ三首脳が鳩首した同二十年二月、三国間で日本領土を分捕る「秘密協定」を結ぶのであるから。ドイツ降伏後二~三箇月後に中立条約一方的破棄後のソ連の対日参戦と、全北方領土のソ連への引渡しとを不離一体とし、米英は進んで承認した。
 かかる経緯あるところへ、のち日本が受諾するに至る昭和二十年七月の米英支三国共同宣言たる「ポツダム宣言」、その第八項には、
 ──「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク…。
 とあつて、またぞろ「領土拡張の念なし」を吹聴するのである。ソ連がポツダム宣言への参加を表明したのは、対日宣戦布告をする同八月八日であるが、両国中立条約は翌昭和二十一年四月まで有効であつた。
 カイロ宣言はたしかに日付が記されず、三首脳の署名もなされてゐないため、効力を疑問視する向きもある。とくに台湾独立派がその無効を主張する。「台湾及澎湖島ノ如キ日本国カ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還」とある大国の恣意により民族自決権が無視されたと。こんにち、中華民国と中華人民共和国とのはざまで翻弄を余儀なくされてゐるのは周知のところ。
 わが国の場合、結局は全千島と南樺太を盗られたまま戦後七十余年を閲し、なほ正義の履行おぼつかぬ状況下に呻吟してゐるのである。戦争に敗れたのだから致し方ないといふものではない。
 ソ連(及びロシア)は、わが領土の領有を正当化する根拠を一貫してヤルタ密約に置いてきた。しかしそれは、被害当事国日本のまつたく与り知らぬ連合国首脳同士の軍事協定といふべく、さうした順当な条約でなく国際法にもあたらぬ代物に拘束されるいはれは毛頭ない。わが政府も平成十八年の国会答弁で「拘束されない」としてはゐる。
 米国上院はすでにしてサンフランシスコ講和条約の批准時、ヤルタ密約を承認事項から除外してゐるし、昭和三十一年、アイゼンハワー政権もその無効を発表、平成十七年には大統領ブッシュ(子)が「ヤルタ会談は史上最大の過ちの一つ」と非難してみせた。チャーチルまた密約協議に関し、米ソ主導の蚊帳の外に置かれてゐたと自己正当化を試みてゐるが、無法に与した挙句の最も醜い弁明だ。
 米英ともに、スターリンの北方領土占拠に最終的にお墨付きを与へたのだ。これを強行せしめたルーズベルトとチャーチル、その罪は免れがたく、従つて米英の責任また重い。この両国、不法かつ没義道の行為を働いたと自嘲するわりには、罪滅ぼしのために日本に代つてロシアを最大限糾弾し善処したか。憤ろしや、その証拠には未だ接してゐない。領土奪還への方途策定、抜かりなき念入りを要する。(森田忠明記)



■ 再び「譲位」をめぐつて

             
    再び
「譲位」をめぐつて  
 
             

 小誌は、天皇の在位中の譲位はあつてはならず、皇室典範に明記ある摂政または臨時代行法で十分対応しうる、と主張するものである。むしろ政治喫緊の作業こそ、正統なる皇位継承宮家の増加、すなはち所謂旧皇族の皇室復帰に勇断もて事を進むべしと訴へてきた。
 だが昨年来の状況や如何。政府国会方面には特例法をもつて今次の懸案を切り抜けようと辻褄合せ的思考が横行し、事態は譲位を一代限りでなしに恒久制度化せんとの目論見に摩り替り、それがどうやら日の目をみる寸前にまで立ち至つた。まこと怒髪天を衝かしめる所業である。
 現行憲法の天皇章第二条にいはく、皇位は、「皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と。
 かうあるによつても、本来崩御時に限つた皇位の継承といふ重大儀が、正しく典範の本則に依拠せず、附則に加へる予定の一特例法を根拠に遂行されることとなれば、諸方より疑義をさしはさむ余地を後世に残すだらうことが危惧される。
 すでにして、典範本則に拠らぬ譲位の方向性に、「憲法違反」を指摘する動きが出てゐる。これでは天壌と窮まりなかるべき皇位をめぐり、要らぬ波風を向後立てしめつづけるは必至とみるべきであらう。
 衆参正副議長による国会提言なるもの、じつに妥協の産物だ。先立つ国会論議自体、政争の具に供された。こと皇位について俗流政治の放恣なる容嘴を許すはまた危惧の一斑をなす。かかる顚倒の介在、安易なる妥結による判断があつていいものか。
 のみならず提言に、「(昨年八月八日の)『おことば』以降、退位を認めることについて広く国民の理解が得られ」とあるのも、当該議論を低次元化させてゐる。たんに「お疲れさま」「お休み下さい」といつた世俗的見解を、神聖なるべき皇位のレベルに当て嵌めるとは不遜も不遜、反天皇分子どもの快哉を叫ぶ谺が耳を聾するに堪へられぬ。
 将来が危ぶまれるのは如上一連の経緯に基づく。これをしも「承詔必謹」の結果といふなら、彼我の國體への祈りの相違を如実に露呈しよう。わが國體は必ずや、君民一体への熱禱が成就させ、持続せしめる。
 当節、政教問題の慣習を無視した故意の厳密化が著しい。ゆゑにこそ、皇位の弁難俗化さらには無化廃止をも狙ふ輩に、一抹とて附け入る隙を与へるごとき違算なきやう、返すがへす心すべきなのである。(森田忠明記)



プラグインの説明
このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。

←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。

このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れませんし、無いかも知れません。