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森田忠明事務所

Author:森田忠明事務所
「玉鉾書院」(志士遺文・和漢古典等の学舎)を運営。機関誌「季刊ゐしんぴあ」発行。また「日本歌壇」(定例歌会毎月開催、会報「日本歌壇」)、「國民行動」(在野有志活動網 機関誌「國民行動」 、國風講座(國民行動主催)、「玉鉾奉仕団」(皇居勤労奉仕団体)、「大詔奉戴祭」「天長節を祝ふ会」の事務局担任。nippon@plum.plala.or.jp  http://ishinpeer.jp(準備中)
(写真=北岳より望見する富士)

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獨酌舒嘯

森田忠明事務所 【社稷廓清 草莽崛起】
2010年10月の記事

和歌講座◆響きのすがしさ

 明治天皇の御製に、

 

  ときにつけ折にふれつつ思ふことのぶればやがて歌とこそなれ

 

  おもふことうちつけにいふ幼児の言葉はやがて歌にぞありける

 

 老若を問はず、おのおのが本来持つてゐるもの備へてゐるものの流露が歌となつてゆくとの仰せである。であれば、歌とはさしてむつかしくあるはずがない。心にうかぶ思ひや何かに触発された感情をただ素直にいふのが、やがて歌となるのだから。
 おなじやうな意味でしばしば引用される文章がある。歌を紡ぎ出すことを日本人における普遍性と捉へようとする、紀貫之の筆になるところの古今和歌集の序にほかならない。

 

 「和歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなりにける。世の中にある人、事・業繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける」

 

 ただし冒頭の御製に、「やがて」とあるところが肝腎と心得ねばならないだらう。折にふれて思ふこと、幼児の言葉、それらはやがて歌として結実するものながら、あくまで原型にすぎない。確たる歌として通用させるためには形を整へる必要がある。息も整へたい。たれにでも詠みうるとはいへ、長く苦しい、しかしそのことじたいが楽しく面白くもあるにちがひない推敲の過程を経ることが要請される。
 ここでは、推敲上の響きに関して述べてみたい。一息に読める、明らかに響きのいい歌が万葉集の東歌に見える。

 

  多摩川にさらす手作りさらさらに何ぞこの児のここだ愛(かな)しき

 

 多摩川に手作りの布をさらさらとさらすのだが、さらにさらに、どうしてこの娘はこれほどまでに愛しいものなんだらうか――みなで布をさらす仕事をしながら口誦してゐるうちに、自然と推敲されて次第に固まつて行つた歌と思はれる。
 すでに人口に膾炙してゐるこの歌、まづS音の響きがあつて、下の句はK音が繰り返される。もともとS音といふのは、畳みかけたやうにつづくとまことにすがすがしく、かつ一種せつない感じもしてくるものだ。
 おなじく大伴家持の、

 

  わが宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも

 

 いささ、かそけき、とS音が重なる。わが家にいささかある竹林に夕方の風が吹き、幽かな音を立ててゐることであるよ、といふ。
 上のごとく、調べを整へる意味で、形のうへからは音の響き具合に着目して韻を踏み、調子をよくする場合がある。同音と同行音がそれだ。「多摩川に」の歌でいへば、「さ」「こ」がそれぞれ同音、「わが宿の」の歌にあつては「さ」と「そ」が同行音となつてゐる。
 長塚節の歌では、

 

  小夜深(さよふけ)にさきて散るとふ稗草(ひえくさ)のひそやかにして秋さりぬらむ

 

 S音とH音とがうまく響き合つてゐると同時に、上の句が「ひそやかにして」を導く序詞ともなつてゐる。夜更けに咲いて散つてしまふといふ稗草のやうに、ひそやかに秋がやつてきたやうだ、といふのである。
 節の歌集中、「鍼の如く」から韻律よき歌を引いてみよう。

 

  ひそやかに螫(さ)さむと止る蚊を打てば手の痺れ居る暫くは安し

 

  朝まだき涼しき程の朝顔は藍など濃くてあれなとおもふ

 

  草臥(くたびれ)を母とかたれば肩に乗る子猫もおもき春の宵かも

 

  こころよき刺身の皿の紫蘇の実に秋は俄かに冷えいでにけり

 

  此のごろは浅蜊浅蜊と呼ぶ声もすずしく朝の嗽(うが)ひせりけり

 

 最後の「此のごろは」の歌を舌頭に幾度も転ばせてみると、「あ」はむろんながら、「さ」ならびにその同行音である「す」「し」「せ」が、うまくちりばめられてゐるのに気づかう。このたぐひの歌はみづみづしく感ぜられるし、しかも案外と記憶に残るものなのである。
 少しく同様の例を引いておかう。

 

  笹の葉はみ山もさやに騒げども吾は妹思ふ別れ来ぬれば 柿本人麻呂

 

  はかなくて過ぎにし方を数ふれば花に物思ふ春ぞ経にける 式子内親王

 

  われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子ああ悶えの子 与謝野鉄幹

 

  うるみたる目と目の下の黒子のみいつも目につく友の妻かな 石川啄木

 

  秋づきて土にしたしき木の立は見つつしすずし寝(い)ねつつし見む 北原白秋

 

 この稿、歌の響きについて見てきたが、作歌の初めより強ひて韻律にこだはるのでは不自然さをともなふ危険がある。口に唱へつつ推敲を加へるうちに、次第次第に会得するものでありたい。

 

 

 

 

シベリア鐡道の旅 その4

   ウラジオストックにて
 

ソ連邦侵掠の日をあゆむ眼に恨みこごるとたれかおもはむ

 

黑人の大道藝が人をよぶ海つべに寄るあまぐものかげ
 

スポーツ灣よもの汀(みぎは)に素肌燒くロシア乙女は肉(しし)づきぞよき
 

ウラジオの海にうかぶと黑雲の雨ともなひて殘り多しも
 

渤海灣バシー海峽松花江なづさひし水ははだえに知れど
 

歐風の噴水通りに食ふひるげ飽くからに飲む地ビールを愛づ
 

道を問ふ交通整理の警官のいらへみじかく聞き漏らしけり
 

大店(おほだな)の見張りが顎を刳(しやく)るよりロッカーにひとつ手提げ収めぬ
 

そのかみの石光眞淸(まきよ)もおとなひし本願寺迹は見ずてくやしも
 

ひび割れしグラスの代價(あたひ)とる宿を唯唯と肯(うけが)ひのどに立ち退く
 

水溜りふみて酒肆(さかば)をさがすにも入らでは分かぬあきなへる品
 

獻立を改めてのち入る入らず定むるならひ恥づべくもあらず
 

殺されしツアー夫妻の肖像畫をりふし見あげ啜るボルシチ
 

梯子して發車まつまの小夜しぐれ傘うつ音のいまはかそけき
 

西めざす晶子四迷も急ぎけむ驛の飯屋に醉ひまはるなり

 

 

 

 

荒れゆく國

ガスあぶら細らむ虞(おそ)れ支那の名をさばかり腐(くた)し押込みとなす
 

みな人は言選(ことえ)りするにおとどらはひとつ覚えを肅肅と吐く
 

票ねらふ熱きこころは水沫(みなわ)なす脆きみくにを憂へざりしや
 

みくに思ひ無げなる奴けふもかもテレビに映す面(つら)あなみにく
 

あなどりに眉を顰(しか)むる大臣なき荒れゆく國の行くてあやぶむ
 

海侵すたばかり憎むゆくりかに敬語をつかふ人もにくまむ

 

尖閣をうかがふ國に痴(をこ)のわざ互惠となふる鈍(おそ)のやつばら
 

いまの世の歎きはとまれつひの勝ち収めむ下地ゆるがせにせそ

 

 

 

 

菅政権の優柔不断と日本の危機

 豺狼の爪牙、尖閣併呑へ虎視眈々

 中共成立後発行の地図にも日本の領土と明記ある尖閣諸島――鄧小平は昭和53年、「尖閣の問題は次の世代、また次の世代で解決すればよい」と提案。およそ10年間「係争」の文言に驚愕していた日本側をひとまず宥めたものの、その舌の根も乾かぬ平成4年、ふてぶてしくも領海法を制定して当の尖閣を自国領と記載した。中共が係争中と巧みに詐術を弄していたゆえんが、遡る同43年、諸島海域に豊富な海底資源が埋蔵するとの国連アジア極東経済委員会の調査結果発表にあるのは周知のところであろう。翌年、盗人根性猛々しくも尖閣の領有権を鼓吹し始めたのである。
 領海法成立当時、「友好」にうつつを抜かし天皇陛下御訪中実現に汲々としていた宮沢内閣は突如の法制定にも、散発していた中共海軍の威嚇に対しても、その邪悪なる魂胆を見透かさぬまま厳重に抗議せぬ致命的怠慢を晒しつづけた。元来中共の有する悪質が好転したとの風聞はその後、一切伝わってはこない。
 無抗議と御訪中に味を占めた中共は独擅を開始。一連の東支那海掘削と民間人尖閣上陸の両面作戦は、海軍力拡充と相俟って、そのしたたかな膨張政策を裏づけてあまりあるものだった。

  去る9月7日発生の中共漁船による尖閣諸島近海での領海侵犯と海上保安庁巡視船への衝突事件は、決して偶発したものではない。
 すなわち該事犯は、エネルギー資源の先細りに深刻な危機感を抱いている中共が虎視眈々と推し進める海洋戦略の発動であって、領土領海の飽くを知らぬ拡張志向のもと、入念に仕組まれた国策の新段階と見なすべきものだ。今回の犯行は民主党政権の親中諾々ぶりと日米間に吹く隙間風を見越しての幾分強烈なジャブと見なしうる。今後、尖閣の版図組み入れと漁業・海底資源の完全確保まで必ずやエスカレートしてゆくであろうことは、南支那海において同国が過去強引に遂行してきた同種の事例に照らしても一目瞭然である。
 目下、南支那海に点在するスプラトリー(南沙)、マクルスフィールド(中沙)、パラセル(西沙)、プラタス(東沙)といった南海諸島をめぐる、中華民国と中共を含み東南アジア諸国入り乱れての領有権争いが顕在する。そのまったき領有如何によって、広大なる排他的経済水域EEZ)と潤沢な海洋資源が見込めるため各国が鎬を削っているが、版図拡大欲を逞しうして参入した中共の旗色が抽んずる。
 なぜといって、軍事的介入を試みつつ息長い領有主張と、執拗にして着々たる実効支配を心がけ積み上げてきたからであり、米軍撤退後の空隙を縫う強腰の戦略と、経済発展に乗じて狂奔中の軍備増強とによって自信を得た結果、最近とみに兇暴化の様相が濃厚となっている。
 その最たる事例としては6月、インドネシア海軍に拿捕された自国漁船奪還のため武装大型漁業監視船を急派、強硬なる砲艦外交のすえ要求を貫いた。かくして中共は、今や全域の内海化を目論む南支那海の海洋権益を、台湾チベット、新疆ウイグルを独善的に位置づけたと同じ国家の死活に関わる「核心的利益」と呼ぶに至り、その恒常的に飢えるに似る豺狼(さいらう)の爪牙(さうが)が東支那海へも俄然及ばんとする勢いとなってきた。

 

 

 船長釈放は主権放棄の大罪
 政府は9月24日、中共の度重なる対日非難と次々と打ち出す対抗措置に脆くも屈し、25日、衝突事件で逮捕していた船長を「処分保留」のまま釈放するという愚挙に出た。
 釈放理由を沖縄地検担当官は「わが国国民への影響や今後の日中関係を考慮」と弁明したが、かような言い種は地検レベルが下しうる判断にあらず、ひとえに国家主権意識なき自身の退嬰を糊塗する民主党菅政権中枢が代弁せしめたに過ぎない。めでたき「知中派」たる首相以下閣僚の異様きわまる「粛々」の連発も、衝突時のビデオ未公表も、ひとしく北京に無用な気兼ねをした産物に相違ないが、またぞろの「配慮」なるもの、まことに目にあまる本末顚倒の所業であった。
 第一、今次事件以前の近時においてすら、既に何度も中共の海洋調査・監視船がわが領海及びEEZ内へ無通告で侵入した挙句、海洋調査中の海保船に中止要求を出しこれを追尾する等の蛮行を働いてきたではないか。その「中共の管轄水域」を既成事実化せんとする確信的無頼行為を知悉しておれば、何を好んで「配慮」なんぞ一片だに捧げる必要があろう。
 こうして日本国民は、わが政府の軟弱にして無抵抗の外交姿勢の帰趨、ついにかくのごとしとの悲哀を如実に痛感せしめられた。我らは今、「厳正に対処」を擲って「屈服」に堕した菅直人の大罪を烈しく糺すものである。
 だが、憤るべきこのたびの敗北、一旦の外交の蹉跌で終るものでは断じてあり得ない。先述のごとく、中共は国内法ながら、疾く尖閣を容赦なく自国領土と宣言している。しかも軍事的優勢の地位を得ている上は、その悪質よりして野望達成への攻勢の矛先、一段と鋭くわが国に向けられること必至と見るべきだ。もはや「粛々と対応」にこれ努めて済むというわけには参らぬ。
 これまでの比較的緩慢なる段階を経て兇暴化を辿りつつ次第に周囲を圧しゆく過程を、いわば東支那海の南支那海化と表現してよかろう。であるなら、わが国は堅固なる備えを築いているか。核の脅迫に太刀打ち可能か。
 たしかに日米安保がある。が、いかに米国務長官クリントン以下が尖閣への安保適用に言及したところで、彼らが、竹島に関し韓国へ殊更の配慮を示す日本の消極的態度を「悪い見本」と批判するからには、失われているすべての領土を取り戻すべく正当性を繰り返し声高に主張し、寸土たりとも喪失しないとの揺るぎなき主権への執着を、政府はむろん国会・官公庁や検定教科書ほかが現実に常示さぬ限り、安保あるとも所詮画餅の域を出るものではあるまい。天ならぬ米国と雖も、自国の国益に完璧に沿う格別なる存在ならいざ知らず、みずから助くる意志なき惰弱の国家をまで出血を承知で助くる責務は負わないのである。
 中共という夜盗を凌ぐ手合いに「冷静に」「話し合いを」との説教を垂れて通用する時代はとうに去っている。大挙押し寄せる侵犯船を取り締まるにも、その都度漁業法や公務執行妨害罪を適用する状況にもあらず。民主党政権の優柔不断がこのまま推移せんか、我らが祖国の早晩悲愴なる運命に逢着すること、悲しいかな疑う余地はない。
 中共の終熄の日なき先鋭化を徒労とするためにも、確乎たる国家観念の確立と将来を睨む牢乎たる国家戦略の構築を目途とせよ。ことには、わが国を窺う蛮国の非望を挫くに足る独自の国防力の充実こそ焦眉の急、まず尖閣防備部隊を派遣せよ。ここに懸命する活眼沈勇の士の出現を待望し庶幾すること、じつに尋常ならざるものがある。 
(9月30日記)

 

 

 

 

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