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森田忠明事務所

Author:森田忠明事務所
「玉鉾書院」(志士遺文・和漢古典等の学舎)を運営。機関誌「季刊ゐしんぴあ」発行。また「日本歌壇」(定例歌会毎月開催、会報「日本歌壇」)、「國民行動」(在野有志活動網 機関誌「國民行動」 、國風講座(國民行動主催)、「玉鉾奉仕団」(皇居勤労奉仕団体)、「大詔奉戴祭」「天長節を祝ふ会」の事務局担任。nippon@plum.plala.or.jp  http://ishinpeer.jp(準備中)
(写真=北岳より望見する富士)

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獨酌舒嘯

森田忠明事務所 【社稷廓清 草莽崛起】
2010年04月の記事

漱石全集

焦れこし漱石そろふいまにして書棚かざるは夢のごとしも
 

復刻版文庫新書の綺語(きぎよ)あまた贖(あが)ひしあげく全集得たり
 

寒ゆるぶみやこ小路の客もなき古書つむ肆(みせ)にそを見いでけり
 

永ほりし十まり六つの朱色なす表紙したしも撫づとも盡きじ
 

總ルビは正假名遣ひ活版の手ざはりも佳し安値といへど

 

 

 

時をさくむ

歳月を追ふぞあさまし時といふ林かきわけひたすすむべし
 

遲れじと時ときそふはとこしへに來向かふ時をさくむにしかず
 

敗淺の汚名はとらじ生きの限りうつそみかけて時にまむかふ

 

 

 

漢字余波

 ケンケンガクガク?


 すでに耳に胼胝ができた科白、
 「まつたく私の不徳の致すところであります」
 手許の辞書には「事がうまく運ばなかつたときなどに、自分が至らなかつたからだとして謝す語」とあるけれど、所詮、もつぱら責任のがれの逃げ口上としての使用を示唆してゐるふうだ。げんに政治家や企業、警察の幹部がこの科白を連発し、みづからの不正、落度ないし監督責任を隠蔽し、社会的非難をかはして逆に同情を買はんとしてゐるではないか。
 だがこの言辞、本来は美徳と称へられる姿勢の流露したもの、といへば大方が奇異の感を催すだらうか。
 『史記』の「游俠列伝」に、漢初の游俠の徒として名高い郭解(くわくかい)の挿話がある。
 郭解の外出には、誰もが遠慮して道を譲るのが常だつた。ところがあるとき、ひとりの男が胡坐をかいたまま道を譲らず、じつと見てゐた。郭解は人をやつてその者の姓名を訊ねさせたが、郭解の食客が早合点して男を殺さうとした。これを制止して郭解いはく、
 ――邑屋(いふをく)に居りて、敬せられざるに至る。是れ吾が徳、修まらざればなり。彼、何の罪かあらん。
 ここは、「同じ土地の者から軽く見られるとは、わしが至らぬからだ。あの男に何の罪があらう」といふのであつて、相手の非を自分の不徳のせゐにしてゐる。自分の非を軽減させる言ひ方では決してない。
 その後、郭解は「是の人は、吾の急とする所なり」、胡坐の男は大事な人だから賦役の番がくれば名簿から外してやつてほしい、と役人に内内に頼みこみ、それが実現する。のち経緯を知つた男は郭解におのが無礼を平謝りに謝つた。この話、結果的に相手の非を自覚させたといふ側面をも有してゐる。
 辞書、必ずしも正確ではない。さきの「不徳の致すところ」は不十分ながら『広辞苑』第四版の説明であつたが、「喧喧諤諤」の項を見出しては愕然とする。
 「(『喧喧囂囂』と『侃侃諤諤』とが混交して出来た語)多くの人がいろいろな意見を出し、収拾がつかない程に騒がしいさま」
 「喧喧囂囂」と「侃侃諤諤」=「侃諤」の語義は広辞苑が載せる通りそれぞれ、「たくさんの人が口々にやかましく騒ぎたてるさま」、「剛直で言を曲げないこと。遠慮することなく論議すること」なのであるから、かかる造語をなぜ「間違ひ」と指摘しなかつたか。
 たしかに世人は往往「喧喧諤諤」を発するが、両語の音の近さを原因とする他愛ない錯覚と受け止めてしかるべきで、だからとて原義に忠実ならず、新造語の全国的流布と見なして安易に迎合するのは学問的純粋さのかけらもない不見識な所業であらう。第一版編者新村出博士が「自序」に、「周密な眼光をもって徹底的に過誤なきを期した」といふ誇称との乖離、該一件に照らしはや誰の目にも明らかである。

 

 私かに淑くす

 

 『広辞苑』はまた、「思ふままに振るふひとり舞台」を意味する「独擅場(どくせんじやう)」を、造語の「独壇場(どくだんじやう)」」と同一視して怪しまない。「独壇場」を、「『擅』の誤読からできた語」と断つてはゐるものの、「どくせんじやう(独擅場)に同じ」 と書くに至つては誤謬と認めないと一般である。『新潮国語辞典』はさすが、「独壇場を「独擅場(どくせんじやう)の誤用」と明記する。蛇足ながら、「擅」は「恣」と同様、ほしいまま、の意。
 辞書の遺漏はともあれ、世間には使ひ方違ひ、読み方違ひが目立つ。数例を挙げると、
 大臣いはく、「懸案のヤマヅミしてゐる現状の打開を」。
 代議士いはく、「ここにお集まりの諸君は、まことに多士サイサイ」。
 ニュースキャスターいはく、「関係者が事件の内幕をアカ裸裸に語りました」。
 コメンテーターいはく、「発表された平成天皇の御歌」。
 正解は「山積(さんせき)」(有形のものは「山積み」)、「済済(せいせい)」、「赤裸裸(せきらら)」、「今上天皇」または単に「天皇陛下」。「昭和天皇」は諡号(しがう)にほかならない。
 学者や文学者ですら無頓着なのが「私淑」の使用法である。たとへば、
 「当時、私は比較文化論の草分け的存在たる〇〇先生を尊敬し、時折ご自宅に伺つて私淑してゐた」
 この種の表現がやたら目につく。しかしその典拠は『孟子』離婁(りろう)篇、
 ――孟子曰く、君子の沢(たく)は五世にして斬(た)え、 小人の沢も五世にして斬ゆ。予(われ)未だ孔子の徒たるを得ざるも、予私かに諸(こ)れを人に淑(よ)くするなり、と。
 位ある者もない者も、その風は五世百五十年は残るものだ。孔子歿後まだ五世には至らぬが遺徳は門流に伝へられてゐる。直接の弟子にはなれなかつたが、門流の人びとについて孔子の道を聞き、ひそかに敬慕して自分の身を修め善くすることは可能だ。
 かくて私淑する師は、時間的空間的に隔たりがあつて会へない古今の人である以上、直接には無理で間接にしか学びえない。「私かに」学ばずしてぢかに自宅を訪ふなぞは「親炙(しんしや)」あたりが適当であらう。

 

 

 

初一念

あめつちにさらさら恥ぢぬ屈伸と蔕(ほぞ)をかたくし經にしとしつき
 

こころざしいかにか遂げむとばかりを謀りごつべき頽(くづほ)るる世や
 

溝壑(こうがく)にたふれ伏すとも初一念ひと代をかけてつらぬきてしか
 

 

 

 

 

「象徴天皇」の価値 (下)

 ここで二点、私たちが今後学びを深めてゆくための注意点を簡潔に指摘しておかう。
 第一点は、前述したところの、天皇の「地位」は「主権の存する日本国民の総意に基づく」の「総意」の解釈を、現在生きてゐる者の意志、とするのは間違つてゐるといふことだ。たとへば国会や地方議会の議員を選ぶ時のやうに、選挙権を有する者の一時的な気分あるいは好悪によつて、その「地位」を廃止したり、称号を変へて別人を立てたりするやうなことがあつては日本国ではなくなる。わが国においては、太政大臣や征夷大将軍、内閣総理大臣等の諸機関すべてが法によつて創設されたのに対し、天皇は法成立の遙か以前、国民と起源を同じくする公の存在であつたことを認識する必要があらう。
 立国法が元首の立ち方を決定してゐるのである。立国以来の伝統的意志が「総意」の意味であり、別の表現をすれば、現時点を含む各時代の特殊事情を超越して、わが日本国成立の事実からこんにちに至る父祖の伝統に立脚した「普遍的意志」を「総意」といはねばならない。各国とも、その国の伝統的普遍意志によつて元首の立ち方を決めてをり、日本も例外ではない。

 かかる観点からも天皇が「象徴」であるのは当然のことで、現行日本国憲法の制定過程に決定的な疑義があり条文にも大なる瑕疵が明瞭に存在するにせよ、広義には、現憲法の制定をもつてしても「国体変更」といふことはなかつたのである。
 第二点。国家と政府は別のものである。わが国は、天皇国日本であること、これまで説明した通りだ。しかし時の政府が、日本の国体に沿ふ発言なり行動なりをしてきたかといふと、必ずしもさうではなかつた。政府の長である首相ですら、伝統的国家観なきままに暴言を吐いたり、それとは違ふ見解を公言してきたのが実情である。国会もまたしかり。
 国家とはこの場合、祖国である。私たちは、本来の祖国のありやうに無意識無見識の首相や国会議員らの言動を忌避したり、それらに嫌悪感をいだいたりすることはあつても、祖国そのものに対しては絶大なる信を置いてゐたいものだ。別言すれば、私たちにとつて、祖国のこの上なき大事さは不動のものであつて、この認識は、時の首相や大臣といふ選挙で選ばれた人たちがなす恣意的な、ないし誤謬多い言動の埒外にあつてしかるべきなのである。(完)

 

 

 

 

 

「象徴天皇」の価値 (上)

 巷間、「日本国憲法によれば、天皇はたんなる象徴(シンボル)に過ぎない」といふ表現が横行してゐる。憲法学者たちにも、「象徴」だからといつて、天皇の地位、機能、価値をわざと軽く解釈し扱はうとする傾向が見られるが、肝心の象徴の意味をまともに理解してゐないとしかいひやうがない。
 そもそも、たとへ総理大臣であらうと、いかなる有名人であらうと、「日本国の象徴」あるいは「日本国民統合の象徴」になることは無理であり、その価値もあるはずがない。総理大臣を例にとつても、党派を代表し、政敵も多く政治の駆け引きに明け暮れたり、金銭にも絡み愛憎の感情も露骨に表はす存在であれば当たり前のことで、さういふ人が「日本国の象徴だ」などといふことになれば、国民が納得せず、まづ許さないであらう。皇位にあつて日夜、国安かれ民安かれと神々に祈つてをられる公平無私の天皇陛下でなくてはかなはぬところである。
 その場合、天皇の「地位」が、「主権の存する日本国民の総意に基づく」と憲法に謳ふことを根拠に、主権の存しない天皇を、「日本国」「日本国民統合」といふ無形の概念を「象徴」する対象にあてないのは、歴史的にも現実的にも当を得てゐない。国家及び国民の統合をご一身に体現されてゐるからこそ、天皇が象徴であるとの表現が憲法の条項に使用されてゐるわけだ。国家国民の象徴性は、唯一性・元首性・不可侵性などとともに、天皇に属性として古来一貫して具はつてゐるのであつて、日本国憲法が歴史上初めて象徴を発案して規定したのではない。象徴であることの重さはいくら訴へても訴へ足りないが、「たんなる象徴」などといふ言葉は事実との乖離甚だしく、厳に慎まなくてはならぬであらう。
 憲法学者の美濃部達吉は、日本国憲法の成立直後、その著作の中で第一章「天皇」第一条の「象徴」の語について解説してゐる。
 「法律上に天皇が国家の象徴であるといふのは、如何なる意義であるかと言へば、私は、天皇の御一身が形体的に国家を代表し、国民は法律上恰も国家に対する如くに御一身に対し尊崇敬愛の義務を負ふことを意味するものと解すべきであると信ずる」
 「天皇の御一身が国家の形体を代表し、国家の現れと看做さるるのである。国家の尊厳が有形的に天皇の御一身を通じて表現せられ、何人も其の尊厳を冒瀆すべからざる義務を負ふのである」
 「新憲法の下においてもわが国は君主制の国家であつて共和国ではない」
 かう主張した美濃部はそれ以前、占領軍の圧力によつて憲法改正作業が進んでゐた頃、大日本帝国憲法が有する根本規範までをも改めることはできないとし、国民主権原理に基づく憲法改正は「国体変更」であるとして頑強に抵抗し、枢密院の採決においてはただ一人反対に回つた。彼は、新たなる憲法の規定する「象徴」をめぐつて正論を展開する一方、日本国憲法自体の有効性に関しては懐疑的見解を示してゐる。(以下次回)
 

 

 

 

獨適賦 その11

あるときはパソコンつかふ晝さがり居眠りさそふ氣ぞしのび來る
 

あるときはいそぎ茶の間に立ちしかど用向きつひぞ思ひいださぬ

 

 

 

荒野らに

チェンマイの夏日きらめく碑(いしぶみ)をあふぐ齋庭(ゆには)に祝詞(のりと)まをしぬ

 

深傷(ふかで)負ひ果てし人らを塡(は)めつぎし噴井(ふきゐ)のうへのかなしいしぶみ

 

亡き靈(たま)をむせび泣かしめみんなみの野にまどはせる責めぞ深かる

 

荒野らに骸(むくろ)うちすてかへりみぬ戰後さもしき時うつり來し

 

はらからの死にしし戰(いくさ)さらぬ顏もちてむくゆる世をば憤(ふづ)くむ

 

とつくにに御靈なごめの櫻樹を植ゑむこころ根めでたきろかも

 

 

 

獨適賦 その10

あるときは子らにさづくる参考書えらむ書肆(ほんや)に時をわするる
 

あるときは生徒ふね漕ぐこぐからに覚ます小話おもひまはすも

 

 

 

獨適賦 その9

あるときはたぐひたがへる五六冊日にけに読まむさかしらもする
 

あるときは高校授業に軍拡を狂ひすすむる支那あげつらふ
 

あるときはいまいましげに土竜(もぐら)穴ふみつぶしつつ夏野菜植う

 

 

 

 

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