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森田忠明事務所

Author:森田忠明事務所
「玉鉾書院」(志士遺文・和漢古典等の学舎)を運営。機関誌「季刊ゐしんぴあ」発行。また「日本歌壇」(定例歌会毎月開催、会報「日本歌壇」)、「國民行動」(在野有志活動網 機関誌「國民行動」 、國風講座(國民行動主催)、「玉鉾奉仕団」(皇居勤労奉仕団体)、「大詔奉戴祭」「天長節を祝ふ会」の事務局担任。nippon@plum.plala.or.jp  http://ishinpeer.jp(準備中)
(写真=北岳より望見する富士)

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獨酌舒嘯

森田忠明事務所 【社稷廓清 草莽崛起】
2009年03月の記事

険しい北方領土解決への道

  樺太千島交換条約は明治八年のこと。この国境劃定条約によつてわが国は得撫以北の千島列島(中千島・北千島)を正式の独自領土とした。
 これより前、安政元年の日露和親条約は得撫以北を露領とし、樺太については日露両国人雑居の地として据ゑ置いてゐた。末期症状を呈してゐた江戸幕府の交渉力が弱かつたのは指摘に事欠かぬが、爾後、択捉島以南の南千島のみが固有領土視されるに至つたのはやむを得なからう。
 日露戦後のポーツマス条約が北緯五十度以南の樺太を日本領に組み入れたは周知のところ。それが大東亜戦争終局段階、日ソ不可侵条約を踏み躙つて来襲したソ連により千島や固有四島もろとも軍事支配下に置かれ、現ロシアが引き続き占領したままだ。火事場泥棒とはよくいつたものである。
 たしかに、昭和二十七年四月二十八日発効のサンフランシスコ平和条約で千島列島と樺太南半分「及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄」したのは事実ながら、その範囲に固有四島が含まれるとする見解は断じて正しくない(ソ連は署名せず)。中・北千島と樺太南半分の帰属先にせよ宙に浮いた状態であり、非法支配の実体をもつて露領とする見解には国際法上何らの正当性も見出し得ない。
 そもそも現在の国境紛争を惹起したのは、わが敗戦の年二月のヤルタ密約に基づく。真相たるや、日本の凄まじい抵抗に手を焼くルーズヴェルトが、ソ連を対日参戦させる代償として北方の領土略取を約した腹黒さにある。大西洋憲章以来の諸会談諸声明において、米英など連合国が唱へてきた「領土不拡大」なるもの、結局は単なる謳ひ文句にすぎなかつたことが白日のもとに露呈したのだつた。
 ありふれた奪還運動では埒のあかぬ北方領土解決への道、遙かにして険しい。わが国が留意すべきは国際力学と義胆とにある。日本の先端技術もゆくゆく有力な対露交渉の切り札とならうが、米英の非を突きつつ堅固な軍事力構築への努力を傾注し国際的地位の一層の向上を図ることが不可欠だ。国連憲章「敵国条項」削除もその一つに入らうが、現今の政府国会には眦を決するていの熱意がない。

 

玉鉾書院HPもご覧下さい。

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わたつみの守り

日米の脅威に寄せて水軍をつちかふ國の本意ゑぐるべし
一衣帶水つらつらおもへ眞靑なるみくにまもりの永久の砦と

わたつみの守りを褊(さみ)し侵し來る艦ほろぼさむたけきすべもが

核恫喝なしとな言ひそ夢寐(むび)にだにみくに萎えむは堪へがたしも

色褪する友好の旗こゆるぎのいそぎ卷けかし諂ひびとは

いぎたなき時すぎにけり心してはや返すべしさかりの御代に
   朗報二首
防人とたのむ無人の偵察機あたがうごきを覘(さぐ)れ目ざとく

ものづくり日本の夢をかけて飛ぶ衞星まいど國を奮はせ

 

 

 

 

 

 

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